2015年1月26日月曜日

シャーリーエブド襲撃事件2 フランス人の反応の背景

1月も下旬になり、
7日の襲撃事件、その週末の行進を経て、少しずつ冷静になりつつあるフランス。
各方面で、出来事を分析したり、現在の経過をレポートしたり、
今後どうしていくべきかの話し合いがたくさん行われています。

ところで。
前回の記事を書いたのがシャーリーエブドの新号発行直後だったため、
各メディア、各国の反応はあんまり分からず、の状態だったのですが、
私はあの絵を見て温かい、ぐっとくるものを感じたのでした。
だから、記事を書いたのだけど、
世の中の反応はそれだけではなかったようで、
ネガティブなリアクションには、けっこう本気で衝撃を受けました。

ついに私もフランスかぶれ・・・!!
・・・というわけではなく、こちらに来てからフランスの歴史とか
政治のスタイルを学び、聞かされ、
この人たちがどうしてこういうアクションを取っているのか、
どうしてこういう反応なのか、という裏側の部分が少し見えるからだと思います。


日本の反応で良く見かけたのは
「あんなのを描いたら挑発と取られてもしょうがない」
「表現の自由って言ったって、相手の気持ちを考えるべき」というもの。

これ、直感的には私の中にもあります。
基本的に「人の嫌がることをしない」という価値観が、
日本人の中に根付いているってことなんだろうなと思っています。
法律で禁止されてるからとか、宗教的にNGだからじゃなくて、
自分の倫理観でそう思えるのが、世界的には
日本人の思いやりのある面、優しさなのだろうな、と。

一方で、フランス人の価値観の中では、表現の自由が、
日本で感じる「人の嫌がることをしない」の感覚と同様、
根本レベルで染みついています。

この「人の嫌がることをしない」と「表現の自由」が重なり合う部分があるので
微妙に日本人の中に居心地の悪さを呼び起こすんでしょうね。

(とはいえ、これじゃあテロが起きてもしょうがない、とか、
そのせいでテロが起きて周りに迷惑をかけるんだからやめるべき
っていう話には、私は???ですが。)


ところで、フランスでは、デモクラシーというのが、宗教より上に来ています。
この人たちの言うデモクラシーは、ざっくりいえば自由とか平等、国民主権のことです。
で、それをどうやって手に入れたかというと、
王様とキリスト教を徹底的に倒して得たもの。
しかも結構大変で、血みどろで、犠牲になったものも多かった。


フランス自体は王政とキリスト教のタブーを徹底的に倒して、
その上に作り上げた国です。
この人たちは歴史の中で、宗教より普遍的な価値を選び、
神様からいったん離れることで、自由を得た。
フランス革命の話です。
イスラムだからどうこうではなくて、キリスト教だからでもなくて、
宗教的なものより、人間の持つ理性、自由を求める精神がモノを言う国。
宗教はプライベートの範囲で自由、という事になっています。


このフランス革命、一般的に記憶されているのは
ルイ16世&マリーアントワネットのギロチンで王政の廃止ですね。
そこへ至るまで、一般の人たちが苦しんできた時代があって、
哲学なり革命思想が発展するまで時間がかかっていて、
ギロチン後も、国をまとめるまで少なくとも10年かかっています。

その、国民が苦しんでいた時代。
旧体制の風刺画

世界史の資料集で見た気がするこちら。
苦しんでる一般人の上に貴族と聖職者がルンルンで乗っている絵。
この頃の一般人は、税金を取り立てられ、土地の所有は許されず、
政治を批判しようものなら牢獄に入れられる生活でした。
奴隷貿易が行われていた時代、それから革命直前は
食べるものにも困ることがでてきました。

一般人の生活難、一方でご存じマリーアントワネットの世界のように
貴族・教会関係者だけが贅沢している状態、
ちょうどそのころの思想の発展があいまって、フランス革命へ。

この革命でたおされたのは王政だけではなく、
伝統的に権力と資金力を独り占めしていた教会も同様。
革命後、聖職者たちは新しい共和国のルールに従うことを求められ、
教会の財産は国有化されて、聖職者は国からお金をもらう、
いわば公務員みたいな立場になりました。
(革命が落ち着いた後、この決まりは廃止されました)

旧体制を倒したは良いけど、これまで贅沢していた貴族とか聖職者の中には
革命反対な人がもちろんいたし、
革命派の中でも穏健派、中庸派、急進派と別れていたりも。

一方で、国の体制をひっくり返す出来事だったので
「みんなが良いように」とすんなり行かなかったのも事実で、
最終的には急進派のロベスピエールという人が先頭に立って
反対派・穏健派の人たちを粛清し、
力づくで革命を成し遂げた経緯があります。

粛清で、どのくらい処刑しまくったかというと、このくらい。


そびえたつすごい数のギロチン台。
断頭台を操作しているのがロベスピエール自身です。
で、乗っている人は、死刑執行人。
散々みんな処刑してしまったので、
あとは執行人くらいしか処刑する人がいない・・・の図。

今振り返ると、この粛清は「まぁ、褒められたことではない」
という感覚がフランス人の中にもあるらしいのですが、
一方で、「でもこうでもしなければ確かに革命は達成できなかった」というのも
共通して認識されている事。

革命までに大勢の市民が投獄されたり犠牲になっていて、
結局王様を処刑することになり(市民は最初はこれは求めてなかったらしい)、
その後も各ごたごた、ロベスピエールの粛清があり、と、
多大な犠牲をはらってやっとの思いで手に入れた人権、デモクラシー。
あれほど大変だったからこそ、それを今手放すという選択肢は
フランス人にはないわけです。
彼らにとってそれは200年前に後戻りするのと同じだから。


と、日本人が想像するより必死で、フランス人が
「表現の自由」を守ろうとする理由がこの辺りに垣間見えます。

先日のパリでの追悼&抗議行進を見て、
私はフランス革命を想いました。
革命で手に入れた自由が再び脅かされた時、
この国の人たちが革命の頃と同じように集ったのかなと。


あともう一つ。
2つしか載せませんでしたが、
革命前、弾圧されている市民の不満を表すのに、
たくさんの風刺画が描かれています。
絵だけではなく、文学だったりとかもあるのですが、
とにかく、フランスではこの時代から、社会の問題を暴くために
「風刺」という手段が取られています。
最初の絵では、時の権力者である貴族と教会、
二番目は、革命家・・・だけどちょっと行き過ぎてるロベスピエール。
特にこの二番目のは殺しすぎちゃって死刑執行人を殺そうとしているという、
学の無い一般市民にも状況がわかり、
しかも微妙にクスッとくる、風刺画の分かりやすい例ですね。
こう見ると、風刺、皮肉はフランス人根っからなのが見て取れます。

というわけで、フランス革命から200年以上たっている現在でも
彼らはこの手段を使い続けており、
今回攻撃されたシャーリーエブドに限らず、
たいていの新聞、雑誌ではこの手の絵をふんだんに使っています。
日本の新聞でもあるけれど、フランスと比べると
この風刺画(カリカチュールといいます)の重要度は低い様な。


この国のデモクラシーの重要性と、
カリカチュールが昔から根付いていることを踏まえると、
シャーリーエブドのカラーと、攻撃を受けた後のフランス人の行動が
少しわかりやすくなるかな?と思って、長くなりましたが書きました。



というわけで、せっかくなのでこれまで
シャーリーエブドがこれまでに発行してきた一面の絵をちょっと紹介。



前回の記事にも載せたこちら。
2012年11月2064号
2012年は、フランスで同性婚を認める法律について議論がされていた年です。
最終的にこの法律は可決されて、同性での結婚ができ、
子どもを養子に迎えることが出来るようになりました。

当時、キリスト教関係からの強い反対があり、あちこちで反対のデモが行われました。
キリスト教的には、結婚とは家族を築く=子どもを作るための制度。
子どもを作るのが不可能な同性愛者の結婚は認められない。
「家庭内に父親二人・母親二人は要らない!」というのが彼らの主張です。

そこへきて「Mgr vingt-trois a trois papas」
・・・「23世閣下にはパパが3人」。
23世とはこの時のパリの枢機卿のこと。
フランスでのキリスト教の指導者みたいなものです。

聖なる父とキリスト、精霊の三位一体説を使って
キリスト教の中世的な価値観を批判しています。





こちらの人物はオランド大統領
2014年8月1157号
「Zero Croissance」は「ゼロ成長」です。

ライフセーバーのいでたちでビーチから海を見下ろしていますが、
その海には溺れかかっている(既におぼれている)たくさんの人たち。
彼は「On ne bouge pas!」とのことで「何にもしないよ!」と。

フランスの景気もあまりよくなく、国民生活は厳しくなる一方ですが、
有効な政策を取っているとは思えない
オランド政権の批判です。



続いて、マリー・ルペンという女性政治家

2014年5月1145号
マリー・ルペンとは、最近幅を利かせているらしい、
フランスの極右政党FN(国民戦線)の党首です。
最近景気の悪化、移民問題の浮上で、
フランスは全体的に右傾化しています。
この政党は、ヨーロッパ系&キリスト教系のフランス人の恐怖心をあおって
支持を拡大しているにはいるんですが、過ぎたるは及ばざるがごとしで、
冷静に考ると彼女の政策は多分イマイチです。
人種差別、外国人排斥に繋がる思想が根底にあるので、
この政党の支持率アップに危機感を感じているフランス人も多いのが事実。

「Que veulent 25% des francais?」「25%のフランス人の求めるものは?」
とタイトルが打たれています。
この25%ってのは、彼女が主張するフランス人のこの政党の支持率。
でもちゃんと数えるとFNの支持者は10%弱になるはずだそうで。
勝手に「フランス人の4分の1に支持されてます!」と言い張っていて
時々叩かれています。

で、「25%(=FN支持者)の求めるものは?」の答えとしてシャーリーエブドが描いたのは
「あいつらを火刑台に送るジャンヌダルク」。
火あぶりの刑にされている人(=あいつら)には「外国人」の札が。

白人至上主義でそれ以外の者は追い出せというこの党の姿勢を
フランスのために戦ったジャンヌダルクと皮肉に重ねて批判しています。



続いて、これまたせっかくなので、イスラム関係のも少し。
今回の襲撃事件で殺害された漫画家「カビュ」は生前、
イスラム教を批判してるのではなく、過激派が増えてきて
何でもアリになっている様子を批判している。と話していました。
また、違う立場だからと言って
何でもかんでも批判するといった姿勢だったわけではないようで、
「宗教は一つのイデオロギーとみなしている。
イデオロギーであれば、どんなものでも当然批判の対象になりうる」とも。


こちらは、カビュが上のインタビューを受けながら例に出していた絵
2006年

ムハンマドが泣きながら
「バカに好かれる(支持される)のは辛い・・・」と言っています。

この絵はフランスでも当時反発を食らったそうですが、
カビュは「ちゃんと読んでください。」と、
右上に黒で書かれたフレーズを指して言っています。
「原理主義者にほとほと困っているムハンマド」。
バカって書いてあるけど、当然、イスラム教徒の事を指しているのではなく、
異教徒のみならずイスラム教徒でさえ意にそぐわなければ殺しまくっている
最近の過激派のことを指しているのです。

こんなんじゃ、ムハンマドだって、きっと困ってるよ・・・?という
過激派への問いかけに読み取れます。




「もしムハンマドが復活(再臨)したら・・・」



「俺は預言者だ、愚か者!」と白い服をきたムハンマドらしき人が言っていて
「黙れ不信者め!!」と叫ぶ人に首を切られそうになっています。

ムハンマドが説いてきたイスラム教と
過激派の主張が全然相容れない様子を描いています。




「海外で成功を収めるフランス人シェフ」
2014年11月1170号


フランス人シェフといえば、料理の世界では国内外問わず
名を上げている人が多いわけですが、
それは人質の首をはねる場面でも発揮されている模様・・・。

2014年末、イスラム国でフランス人が人質に取られたのち
殺害された事件がありましたが、
殺害を実行したのはフランス人であることが分かり、
イスラム国に参加するフランス人が増えつつあることに
スポットが充てられていた頃です。




と、こうしてみるとシャーリーエブドの一面の絵も、
これまでとちょっと違く見えてきませんか?


2015年1月15日木曜日

シャーリー・エブド襲撃事件について1 新号の発行

2015年もあけたばかりの1月7日(水)、
夫のステファンから携帯にメール。
「パリでテロがあったって、TV見てみて。」と。


何が起こったの?背景は?フランスの反応は?政治家の反応は?と
残念なことではあるけれど、こんな事件が起こった国にたまたま住んでいるのだから
まとめて何か書かなくてはと思っていたのですが、
「ちゃんと理解できてから・・・」と思ううちに、
ちゃんと理解はできないまま一週間たってしまいました。
書く内容をちょっと想像しただけでかなりの量になったので、
とりあえず「1」と番号を付けて書いてみます。

起こったのは「シャーリーエブド(Charlie Hebdo)」という
風刺画、風刺記事がウリの、週イチ発行紙の新聞社での襲撃事件。
犯人2人は翌日、パリ近郊の企業に立てこもった所で殺害されていったん終了。
関連して、交通事故を処理中の警察官への襲撃と
ユダヤ系食品店の人質立てこもり事件が起こりました。
一連の事件で、新聞社のジャーナリスト・挿絵家、警察官、人質になった一般人と
合わせて17名の犠牲者が出ています。

性質は違うし、比べることはできないものだけど、あえて言うと、
日本の人には、2011年の大地震の時の記憶をたどってもらうと、
今のフランスに一番近い雰囲気が伝わるかもしれません。

ニュースチャンネルでは一日中現場からの中継をしており、
他のチャンネルは番組タイトルやチャンネル名に黒いリボンをかけています。
数日たって事件を俯瞰できるようになってからは
政治家や各専門家、文化人などを呼んでの討論や検証が
放送されるようになってきました。

事件から1週間の間、フランスは、テロを受けたこととか
イスラム過激派の攻撃だったことはいったんさておき、
この国の根幹である「自由」を侵害されたことに
とにかくショックを受けていた印象。

事件のあった日のその夜から、パリの大きな広場には
犠牲者の追悼をするとともに、
「表現の自由」を守ろうと多くの人が集まりました。
続いて、この週末は各地で同じ趣旨の行進がオフィシャルに行われています。

ここへきて本音を述べると、
私はやっぱりあくまでフランスにいる外国人なんだなと感じています。

新聞社の攻撃を知って、「表現の自由が侵される!」と思うよりまず
「これから数日何があるか分からないから人が多いところは避けよう」でしたし、
自分自身や自分の価値観が攻撃されたという感覚はありません。
風刺がウリのCharlie Hebdoの過去の挿絵を見てみても、
「これは・・・・さすがにマズイんじゃΣ(゚◇゚;) 」ってのも数多く。
彼らの言う「ユーモア」が共有しきれていないのを感じている所。

実際、このシャーリーエブドの通常の発行数は6万部だったそう。
だから、フランス人全体がこの新聞を日ごろから大事にしていたというわけじゃないものの、
「こうやって自由に批判しまくってる新聞社が存在する」
ということに、自由な社会の象徴を見出していた人が多かったという事でしょう。



長くなりましたが、今日やっと記事にしようかなと思ったのは、
毎週水曜発行のシャーリーエブドが、
テロ後初めての水曜の今日、これまでと変わらずに新聞を発行し、
その表紙の絵に個人的にとても感銘を受けたから。

ちなみに、テロ攻撃を受けたのは、
いつもの表紙の絵が不要に挑発的だからとされています。

例えば、こんなのとか


2012年発行の1064号

げ・・・下品・・・そして冒涜と言われても仕方ないのでは?と個人的には思える・・・。
こちらはキリスト教の三位一体説を引用した風刺画です。
当時のヨーロッパの時事ネタ的にまぁ面白いのでまた機会があったら
この絵についても書きたいと思いますが、
要するに、一事が万事、この調子だったわけです。
(とはいえ、全部がこういうのだったわけじゃなく、この絵は結構ひどい方だと思う)

それで、各宗教界から警告を受けていたようですが、
本人たちは意に介さず継続。
2011年にはムハンマドを引用した風刺画が原因で
オフィスが放火されています。

・・・という社風なので、テロを受けた今回、
どんな絵を出してくるのか?
フランスの人たちは気になりながらこの水曜日を迎えました。

良くテレビなどでも使われるように
こんなのとか?




それか、こんなのとか?



こちらは最近のLiberation(リベラシオンという新聞)から。
銃を突きつけられて口をテープで留められても、
「表現の自由」を書いた鉛筆を高く上げています。




こちらもLiberationから。
お母さんが子どもに
「絵をかくのはやめなさい!!危ないから!!」と言っています。





そして挿絵が明らかにされたのは火曜日の午後。
こちらです。



ムハンマドが、今回の件に関するデモで人々が持っていたように
「Je suis Charlie=私はシャーリー」のプラカードを持って、
涙を流しています。

Je suis Charlieは「自分もシャーリーと同様表現の自由をもつ一市民である」
というニュアンスを表現しつつ、
シャーリーエブドへの共感を表現するために今良く使われているフレーズです。

ムハンマドの涙が、今回の件を悲しんで、
宗教は本来争いじゃないと伝えているように見えると同時に、
彼に「Je suis Charlie」のカードを持たせるなど、
フランスのメディアとして、これからも継続するというメッセージも垣間見えます。

上に書かれている「Tout est pardonné」は
「全ては赦される」という意味のフランス語。
テロの直後の発行にて、シャーリーエブドはテロへの回答として
「許す!!」と出したわけです。

今回の件で私が感じ、この表紙を見て改めて思ったのは
「負の連鎖は止められる」ということ。
テロを受けたフランス人の反応は、暴動や移民への差別激化ではなく、
フランスの価値観の再確認を求めたデモ。しかもとても静かに行われました。
そして攻撃された新聞社の新しい表紙は「全ては赦される」。

中東とかアフリカで(目に見えないだけで世界中どこでも)争いが絶えず、
原因を探ってみるともう昔から続く恨みの連鎖だったりして
どこから手を付けていいのか見当もつかないことがたくさん起こっていますが、
今回のフランスでの出来事は、報復で解決するのではなく、
これまでの権利や価値観を持ち直すことで、
社会を作り直す、一つのモデルを示しているのではないかなと想えます。


昨日の夜、BFMというニュース番組にZineb Rhazouiという
シャーリーエブドのジャーナリストが招かれていました。
彼女は銃撃を受けた編集者会議には出席していなかったものの、
この新聞社で働いていて今回の新刊発行にももちろん参加しています。

いわく、
「今回テロを受けて、同僚が多く死亡し、
自分の気持ちの整理もつかないままだけど、
2人の殺人者(犯人)のことはどうでも良いんです。
憎んでないし、コーヒーでも飲みながら話し合えたらと思ってます。
受け入れる(赦す、許す)必要があるんです」と。

それから
「もしテロ事件が起こらなかったらまたオランド大統領か、
別のどこかの宗教の批判を掲載して発行したでしょうが、
今回はやっぱりこの件に触れました。
300万部発行予定。つまり300万の家庭がこの絵を持ち帰るのです。
テロリストが勝利を得ることは絶対ありません」と。

ちなみに彼女自身はイスラム系の出身。
16年間イスラム系の学校に通った後、モロッコ(イスラムの国)で勉強を続けて
政教分離のあり方を突き詰めていくうちにシャーリーエブドで働くようになったそう。


この絵を描いたのはリュズ(Luz)というシャーリーエブドの漫画家。
彼のインタビューによると最初からムハンマドを描こうとしたわけではなかったそう。
水曜の銃撃戦の現場を書いてみたり、
ジハーディスト(聖戦主義者)を書いてみたり。
描くのは無理なんじゃないかと思えた時間もあったとか。

「最後に、おなじみの登場人物を書いてみた。
“Je suis Charlie”の札を持たせてみた。
これが最後の精一杯のひと絞りだった。
そうしたら、ちょっと笑えてきた。
こうやって、スタートできたのです。」
と。


イスラム教批判で攻撃を受けているとされるシャーリーエブドですが、
今回亡くなった漫画家カビュの生前インタビューを聞いてみると、
批判しているのは「イスラム教」ではないとのこと。
昨今に見られる過激派、ジハーディスト、
イスラム教の中で何でもアリになりつつある実態を批判していると。

加えて、今回犯人がイスラム側だったから、そこに焦点が当たっていますが、
シャーリーエブド自体はキリスト教、ユダヤ教、時の政治家、俳優、
時には外国の大統領までデッサンの対象になっていて、(そして日本も)
賛成、反対はもちろんあるものの、
反対だからと言って殺人が起こったことは当然ですがこれまで一度もなく、
今後も起こってはならないのは明白。

彼らがこれまで何をどう批判してきたのか?その反応は?
フランス人が立ち上がった背景やこの国の歴史は?
今の移民のシチュエーションは?
と色々一緒に伝えないと「テロ!!」だけになってしまい
起こっている事のニュアンスが伝わりにくい気がするので、
また別の機会に書いてみたいと思います。

さっき載せたLiberationの風刺画のように
絵を描いたり、新聞を発行するのに身の危険を感じるような時代が来ませんように。


2014年12月25日木曜日

カーニュシュルメールのノエル

南仏の小さな町、我らがカーニュシュルメールにもノエルがやってきました。
ノエル(Noël)はフランス語でクリスマスの事です。

12月半ばで気温が18度の日もあり、
暖冬の記録を更新した今年。
加えて11月は3分の2くらい雨だったのではないかという変なお天気で
楽しく年末を迎えられるのか心配でしたが、
2週間ほど前から天気が良くなり、
先週からはぐっと冷えるようにもなりました。

まあクリスマスと言ったらこのくらいは寒くないとね。

ヨーロッパのクリスマスで欠かせないのがクリスマス市場!
有名どころではストラスブールので、
最近では東京に出張に来てくれているらしいですね。
フランス語ではマルシェ・ド・ノエルです。

南仏にももちろんクリスマス市場はありますが、
とある現地の人に言わせれば、
「10年前はこんなの無かった。発祥の地とは関係ないし、商業的。」
とのこと。

まあ確かに青い空と青い海に囲まれて、
無理やり雪化粧されているクリスマスツリーはなんだか不思議な光景。

・・・という違和感にも早々に慣れ、
やっぱり人間っていうのは楽しい方へ流れるのは簡単なようで、
私自身もクリスマス市場が出るようになると年末気分でルンルンです。

さて、市場では何が売られているのでしょうか。
ニースで見てみると、おもちゃ、帽子・マフラーなどの衣料小物、指人形みたいなぬいぐるみ
伝統っぽい(?)ケーキ、ソーセージ、フォアグラ・パテなどの瓶詰めetc・・・
に加えて、綿あめ、リンゴ飴、チュロス、ソッカ(ひよこ豆のクレープ)といった
歩きながらつまめる美味しいものや、
ホットワイン、シャンパン、牡蠣のスタンドも。
2009年の頃は、東南アジア系の人が日本刀を売っていたり、
韓国のヘアアクセサリーやさんが出ていたりと、何でもありな風でしたが、
今はもうちょっと「クリスマスっぽいもの」の縛りをきつくしたのかな?という感じです。

正直、売っている小物などは、何もここで買わなくても・・・っていうのが多いのですが
まあそうは言ってもイルミネーションがいっぱいで、
人出も多く賑わう中、ホットワインでも飲みながら
ぶらぶら散歩するのは、なんだかんだで悪くないものです。

とここまでおおむね、私が見てきたニースの光景をもとに書いてきたのですが、
カーニュシュルメールに来るとまた雰囲気が変わります。



12月に入ると町の中心の広場にクリスマス市場が出ます。
が、クリスマス1週間前の土曜日にも関わらず、この静けさ!!
15くらいのお店のスタンドが、ひろばを囲むように出ていました。
ニースと同様、オーソドックスなお店に加え、
ユニセフのスタンドや、焼き栗やさんなども。



そして、広場の中心はスケート場に。
これはどのクリスマス市場でも恒例なようです。
カーニュは子ども限定。



カーニュのデコレーションはなぜか毎年エスキモーの家&白熊。
この中が子どもが入って遊べるようになっています。
クリスマスのデコレーションに大きな予算が割かれたときには
またテーマが変わってくるのかもしれません。




まだ温かく、落葉もせず、空も青い中ですが、
ちゃんとサンタさんもいます。




クリスマスを盛り上げるのは、通常は広告が張られているこの掲示板。
町のいろんなところにあり、この時期は子ども達が描いた絵が張り出されます。
これ、測ってはいないけど1メートル×2メートルくらいの結構大きいサイズ。
このサイズにばーんと絵を描けるフランスの子ども達の度胸は素晴らしく、
これを町中に張ろうという市役所の計らいも良いですね。
下のメッセージには
「上院議員兼市長・市議会議員・カーニュの学校の子ども達より。
皆さんにとって楽しい年の瀬となりますように。」と。


というわけで、ニース、カンヌ、モナコから車なら1時間以内という
字面的には華やかな立地でありながら、いつも村村しくしているカーニュシュルメール。
このローカルさがなんともかわいく、
ぜひいつまでもこの路線でいってほしいなと、思っています。

メリークリスマス!


2014年12月4日木曜日

並ばない○○人

海外あるあるの一つに「○○人は並ばない」ってのがありますよね。
たいていは、どこかの国の田舎の方に行ってみたら
並ぶ文化が無くて、見事に抜かされまくったとか、
逆にこっちも割り込んでみたとかで、笑い話になるのこの現象。
測ったかのようにビシっと並ぶのが身についている日本人としては
面白さあり、腹が立つのあり、並んだ方が色々効率良いのに、とおせっかいありと、
並ばない文化についてそれぞれ思うところがあることでしょう。

フランスは、というと、基本的には並ぶことが公衆マナーの一つとみなされていて、
小さいころから親にしつけられるケースが多いようです。

パン屋さんやタバコ屋さん等、短い時間ですが並ぶことになるのはよくあるし、
まあ、日本とルールは変わりません。

が、最初にこちらに来て戸惑ったのが「並び方」。
日本では、コンビニでもどういう風に並ぶか、床に線が引いてあったり、
レジごとに並ぶのか、いったん一列に並んで空いたレジに行くのか等
お店の形などからベストなものが指示されていることもあるくらい、
誰が次のお客さんか一目瞭然!
混ざっちゃったりしてもめるのを最小限に抑えられています。

一方のフランスは、小さいお店なんかでは一列に並んでいて
順番もはっきりしているのですが、
少し大きくなってくると、みなさんビシっとは並ばないから、ラインが崩れたり、
並んでるのか商品を見てるのか微妙に分からなくなってきます。

最初の頃はこれでどぎまぎしていたのですが、
なんだかすごいのは、並んでる人たちが
「自分は誰の後ろで、自分の後はこの人」ってのを把握している事!
自分の順番が分からなくなっちゃっても、
たいていは、「次、あなたでしょ」って言われたり、そういう雰囲気が醸し出されたりします。

目からうろこだったのが病院の待合室。
健康保険加入の際に、かかりつけ医師のサインが必要なためそれを取りに行った時の事。
待合室へは患者さんたちが勝手に入れて、受付などはなく、
お医者さんが「次の人ー!」呼びに来たら、自分の番の人が医師についていく、というシステム。
全部でマックス15人くらい待ってたかと思うのですが、
ここでは並んでるわけではなくて、みんな好きな椅子に座っているわけです。
えー?何これー?とまたしてもどぎまぎしていたのですが、
しばらく見ているとどうやらやっぱり、患者さんの間でうまく管理をしている模様。

半分くらいの人は、待合室に入るときに「どうもこんにちは」と皆さんにあいさつし、
「で、最後の人ってどなたですか?」と聞きます。
こうやって自分の直前の人を把握し、じゃああなたの次って覚えとけばいいわけね。
という形です。

残りの半分の人は、自分より後にに入ってくる人の顔を見ておいて、
自分の前にいた人・後にいた人を把握している感じでした。


ほー、すごいねー、ちゃんとできてるのねーと思っていたのですが、
ここで注意しなければな来のは
分かりにくいのにかこつけて、ちゃっかり割り込もうとする人もいる!ということ。
しかも結構な頻度で。

知らんぷりしてなんとな~く後ろから近づいてきて、気づいたら横に、
そして前に!みたいなことに出くわすケースがそこそこあります。
こういうのって、私が外国人だからされているとか言う感じでもなくて、
フランス人同士でも「ちょっと、あなた私の後ろだったでしょ」
なんて突っ込まれている人を見かけます。
見た感じ、本当にうっかりしていたのと、あわよくば割り込もうとしてるのと、半々かなぁ。

日本では割り込まれたときどうしてたっけ?と考えてみたのですが、
あまりそういう経験がなく、イメージが付きません。
私だったら、変な人・・・と思って触らずにほっておくかも。。。
こちらの場合、基本的には突っ込みます。あなた、ここじゃないでしょ、と。
といいますか、そんな突込みをするのも気分が悪いので、
そもそも割り込まれないように「ちゃんと見てるし分かってますよ」オーラを出して並んでいます。

と、そんなオーラを出して並ばなければならないなんて、
フランス生活ってストレスたまりそうー!って感じなのですが、
その「並ぶのにストレスが溜まる」の最大の例が県庁です。

外国人の滞在許可証の発行は県庁で行うため、
在仏の外国人は定期的にここへ出向かなければないのですが、
これがまたとってもストレスフルな場所なのです。
申請の内容もストレスだし、時間もストレスだし、対応もストレスだし・・・と
言いたいことは色々あるのですが、今回は並ぶことがテーマなのでそれに絞りましょう。

場合によっては2時間並んで順番のチケットをもらい、その後2時間待ち・・・
みたいなこともある県庁。
ひとり分でもショートカットしたい、と思う人もいるということでしょう。
どうやっても無理なのに、なんとか割り込もうとする人が一定数います。
そして周りの人に突っ込まれて終わると。
たまに、「いいじゃん、俺は質問だけだからすぐ終わるし」みたいな言い訳で
割り込み続けようとする人もいて、まぁ、ずいぶん肝座ってるなぁと。

今日も所用で県庁の支所なる所に行ってきました。
要件を伝えると「49番」と印刷されたチケットを渡されました。

銀行の窓口みたいな感じで、カウンターに2つ窓口があって、
奥でスタッフが作業しつつ、私たちはカウンター前の椅子に座って順番を待つという形。
ここは、外国人の滞在許可のようなヘビーな案件を扱う場所ではないので、
普段の待ち時間と比べると、さくさく進んでいる印象。
1人にかかる時間は、申請書をもらいに来た、みたいな人なら一瞬だし、
長くても5分くらいという感じ。

まあこれならすぐ順番になるわね、と待っていたところ、
その雰囲気を壊した男性が。
彼は自分が外している間に順番が来てしまって、受け付けてもらえなかったということのよう。
窓口に割り込んでいって「すいません、過ぎちゃったみたいなんですけど」と。
一枚書類が欲しかっただけ、みたいな用件だったため、
係りの人はちょっと渋ったものの、最終的には用紙を渡されて、去って行きました。

この流れに触発されたのか、5分後くらいに40歳くらいのスレンダーマダム。
「すみません、ちょっと質問なんですけど」と割り込んでいく!
係りの人が「いや、皆さん待ってるんで。順番で」と言っても、
マダム 「いや、一つ教えてほしいだけなんです」
係り   「質問しに来てる人も待ってるんだから。
      あなた何番?
      前にいる人全員に割り込んでいいか聞いてOKだったらやってあげる」

周りからは失笑が・・・。
あきらめて席についたマダムが隣の人に愚痴をこぼし始めたところで、

係り   「皆さん、チケットの順番で伺いますからね。
      1人終わるごとに先着順じゃおかしいでしょ。競走じゃないんだから。
      っていうか、こういうのって礼儀の問題でしょう」
するとマダムはまだめげず
      「いや、私、礼儀正しく言いましたよね、済みませんが、って!
       全員並ばなきゃならないのか、ちょっと聞くだけなら対応してもらえるのか
       知りたかったのよ!」
係り   「全員並んでもらってます」
マダム 「ほらね!これが私の質問よ!答えてくれたじゃない!」

と。
もうめちゃくちゃ。

一応おとなしくなったものの、
その後も部屋を行き来している別の係りの人に
「順番だから。待っててくださいね」と個別に声をかけられている有様。
自分の案件を終えて帰ろうという人も、係りの人に
「大変でしょうけど、頑張ってね」と言いつつ、完全に例のマダムへの嫌味。

申請を出す私たちも色々大変だけど、相手にする方も大変そうだわ。
と眺めつつ、静かになってきたと思いきや、またその5分後。

これまた40代くらいの男性。
「すいません、結構待ってるんだけど、まだですか?」と。
えー、またやるのー!?

係りA「あなた、何番?」
男性 「51番」

私が49番だから、同じくらい。そんなに待ってないと思うんだけど・・・

係りA「順番ですから、待っててください」
男性 「あり得ないでしょ、こんなに待たされて。はいはい、51番ですよ。
     そうやって、45番、46番、47番、100番、150番、って切り無いでしょ」

とこれまた謎の言い訳。
いや、あなた51番であって、150番じゃないし。
もうこの辺で笑ってしまいそうに。

係りB「はい、47番の人ー」
・・・現れない47番さん
男性 「来ないなら、僕のやってくださいよ」と立ち上がる
係りB「いや、47が来なければ48番の人ですから。」


私が到着してから退出するまで約30分。
フランスって、結構野性味あふれる国なんですよ。



2014年9月21日日曜日

分かっちゃいるけどできない、っていうとき  語学学習サイトDuolingo

英語でいう「三単現のS」的な、
日本人には想像のつかない法則がフランス語にもあります。

そして、英語でもそうですが、
「三人称単数現在形の動詞にはSが付くんだよ」と言われて、
そうですか、って理解するのと
自分で喋る・書くときにちゃんともれなくSを付けられるようになるのは
別の話なんですよね。

英語に比べて、その細かい法則が多いフランス語は、
超初級のころからその説明を受けているとはいえ、
しっかり身に付けるまでに結構時間がかかるのです。

かくいう私は、ここ半年くらいでやっと、
法則がしっくりきたレベルで、
きちんと使い分けができているかというと、まだまだです。


例えば、日本語でこうなる場合。

私は行った。(男性一人)
私は行った。(女性一人)
私たちは行った。(男性or男女混合 複数人)
私たちは行った。(女性のみ複数人)

まあ、複数人の時は
私→私たち、と
主語がちょっと変わりますが、
動詞「行った」は、何人だろうと、女子だろうと男子だろうと変わりません。

ところが、
同じことをフランス語で言おうとすると。
Je suis allé.(男性一人)
Je suis allée.(女性一人)
Nous sommes allés.(男性or男女混合 複数人)
Nous sommes allées.(女性のみ複数人)

と、主語が変わるのは当然ながら、
「行った」に当たる動詞の一部も、4パターンで全て違うのです。

複雑なのは確か。
とはいえ、説明されること自体は「ふーん」という感じなのです。
ただ、それを自然に駆使できるようになるのが大変です。

効率的な身に付け方をご存知の方には、
ぜひ教えていただきたいと思うところですが、
当面の私の方針としては、慣れるしかない、というところで落ち着いています。

じゃあどうやって慣れるか?というと、
日常生活の中で意識していったり、問題集を解いたり、
で良いのですが、
私が使いこなせるようになるためにはちょっと足りない・・・。
私はちょっとやったくらいじゃぜーんぜん身につかなかったのです。


というわけで、一時期根詰めてやってのが
Duolingo というサイト。

クイズ的に出題される問題を解いていき、
ゲーム感覚で、レベルアップを目指していきます。

問題を解けば解くほど、ポイントがもらえ、時間を計るアイテムとか、
間違えてもOKな回数をちょっと増やせるアイテムとかをゲットできます。


私の場合はとにかく、無意識に言葉が出てくるまで
ひたすらやり続ける必要があったので、
カンタンなフレーズでエンドレスに問題をやり続けられるこのサイトが割と合っていたみたい。
初心者の方はもちろんのこと、
「頭では分かってるのに手や口が追いついてこない」という課題を抱える
中級者の皆さんにはきっと役に立つのではないかと思います。

今の所、日仏の組み合わせがないので、
英仏の組み合わせでやる必要があるのが難点ですが、
英語との違いも良く見えて面白いです。

ぜひお試しあれ~!

2014年8月18日月曜日

第35回 四角いボール世界選手権大会 Championnat du monde de boules carrées

オ・ド・カーニュ

8月16日、17日の週末は、カーニュの旧市街、オ・ド・カーニュで
「四角いボール(ブル・カレ)」という球技の世界大会が行われました。

今年で35回を迎えるこの大会との出会いは偶然。
たまたま、2週間ほど前、この旧市街の中にあるお城で夏祭りがあるということで、
夕食後、2人で出かけた時の事でした。
自宅から徒歩で2,30分。
ただ歩くだけでも結構ありますが、旧市街に入ると急な坂道。
頂上まであと少し、というところで力尽き、
たまたま目に入ったバーで一杯。

このバー、ワインが1杯1ユーロ。
良かったらもう一杯、おごるよ、とお店のおじさんがついでくれて・・・
と超フランク。
何かと思ったら「circle des amis=仲間のサークル」という、
村のおじさんたちがお友達間でやっている団体のバーだったのです。
お友達間で、とはいえ、会員は年会費を払って、イベントなどを通年で行っている模様で、
そのほか、団体の存在を知りつつも、単純にバーにのみに来ているだけの人、
何も知らずふらっと寄った観光客、と色々いました。

さてそんなわけでのども潤ったし、行こうか、というときに見つけたチラシ。
聞けば、近々開かれるブル・カレ(=四角いボール)の国際大会ということで。
申込みすれば誰でも出られるから、遊びにおいで、と誘われて
早速申し込んでみたのでした。
(というわけで、世界選手権大会と銘打っていますが、
誰でも参加できます。参加料がかかります)


そして当日、予定通り9時に行ってみると、
普段は静かな通りに、すでに人が集まっています。



飾り付けも万端です。




ゲームは3人一組での対戦。
対戦チームとコートの番号がアナウンスされて、試合開始です。




基本的なルールは、フランスのゆるいスポーツ、「ペタンク」と同様。
ただし、使用するすべての球が四角いのです。


小さい球を的に、大きい球を各チーム投げて行って
どれだけ近づけられるかを競います。

このゲームが発明されたのが35年前。
例のお仲間サークルにて、村を盛り上げるイベントが出来ないか会議中、
この坂道を使って四角いボールで遊んでみたらいいんじゃないか!と
思いついたメンバーがいたそうな。

早速大会が実施されることに。
主催者自身も半信半疑。
一部からは「どうせ出来て3年目までだろう」と言われていたようですが
今年で35回を迎え、回を重ねるごとに参加者数が増えているそうです。

「世界選手権大会」を名乗っているのは、他に同様のスポーツが存在しなかったから。
今ではフランス大会とヨーロッパ大会が別の都市で行われているらしいです。



そもそもボールが四角くて、コントロールがほぼ不可能なのに加え、
坂道で、道路も平らなわけではないので、
熟練者だからといって勝てるとは限らず、
逆に素人の私たちが2回連続で勝ち、午後の部へ進めることに。

土曜日の予選に加えて、
ベスト16からの試合は日曜日に行われます。


多くの人は、おかしな遊びを楽しみに来ているので
のんびりした良い雰囲気なのですが、
中には勝ちに来ている真剣な人たちも。


審判は自分たちでやるので、
どっちが近いかハッキリしない時はメジャーで測ります。
時にはピリピリしたムードになることも。


結局土曜日の午後の部、1回戦で負けてしまったため
私たちのチームはここでおしまい。
日曜日にお遊びだけのゲームも行われたので、引き続きそちらに参加してきました。


午前中いっぱい遊んで、疲れたので一度帰り、
夕方の決勝戦を見に再び来てみたところ



あふれる人々。
そして決勝に残った2チームはこちらの↓人たち。


ゲーム参加に誘われたときも、ゲーム当日も
「決まりなんてない、すべては運次第」と言われてきましたが、
蓋を開けてみたら決勝に残ったのは
ペタンクで鍛えてきた熟練さんたち。
超熱い試合が繰り広げられました。

新聞によると、片方のチームは2013年のチャンピオン。
対する方も「決勝進出は今回が初めて」とのことなので、
これまでに大会自体には出てきた人たちなのでしょう。





最終的には、挑戦者チームが勝ち、2014年の試合が終わりました。

お仲間サークルから、アペリティフがふるまわれて、解散。


地元紙でも大きく扱っていて、
日曜の朝刊では表紙・裏表紙を含む3ページ、
月曜にも1ページが割かれ、盛り上がりました。

新聞のデータによると・・・
●作成された四角いボールの数1218個
 (セバスチャンが3日間かけて作成)

●6カ国から参加
 フランス、イギリス、イタリア、デンマーク、スウェーデン、そして日本(私!)

●330名の競技者
 見学者は3000名ほどになるそうです。

ちなみに最年少参加者はトム君4歳半だそう。


新聞サイトの動画はこちら
ちょっと雰囲気が伝わるかもしれません。

2014年6月27日金曜日

野鳥詳しい人ー!

こんにちは。
コートダジュールは観光シーズン到来です。
体調崩すほど暑かったり、
かと思えば急に涼しくなったり、と
不安定なこの1か月ですが、
日に日に人が増えている感じです。


ところで、タイトルの件。
鳥についてです。

2月~4月にかけて、鳴き声がめちゃくちゃカワイイ鳥が
この辺にいっぱいいて、ずいぶん楽しませてもらいましたが
今は彼らは姿を消し、代わりに1か月ほど前から
ツバメが最盛期。
朝と夕方、ピーピーしていて
飛ぶ姿もかっこよく、賑わせてくれています。

そんな中で何て鳥か分からないけどよく見かけるのがこちら。


何ですかこの鳥??
スズメを一回り小さくしたサイズで
ピヨピヨピヨピヨって鳴きます。
写真だと斜め後ろからで丸っこく見えますが、
実際は真横から見ると、雀の半分くらいの厚み(?)です。
ちなみにカップルで来ていました。

よく見かける、っといっても
見かけるのはウチのベランダでで、
他では見たことがありません。

彼ら、2月の終わりころから
ベランダのユッカのところによく来ていて、
何してるかとおもったら、
草とか紐とかをせっせと運んでいるんですね。

巣づくりじゃん!
初めて見たわ!

と思っていたのもつかの間、
ユッカ(よく観葉植物であるヤシの木みたいなやつ)の葉は
ツルツル滑って、せっかく持ってきた素材?がうまくからまず
一向に進まない建設・・・。

そしていつの間にか姿を見なくなって、
あきらめたのね、そりゃそうよね、ここじゃちょっとね。
と思っていたら
5月半ば!
ユッカの中に丸い草の塊が・・・!!


気づかない間に巣が出来ていました。
この後もせっせと鳥の羽やら草やらを運ぶトリくん。

直径12センチくらいの丸い塊が中心にあって、
その周辺がほわほわと草でおおわれています。
写真にうまく取れなかったのですが、
この中心の丸いかたまり、ホントに真ん丸で
しっかりできています。

ここ1週間ほどは、巣作りが完成したものと思われ、
何かを運んでくる様子はないのですが、
1時間おきくらいに出たり入ったり。
しかも、出入りしている子とは別に
中に常にもう一羽いる模様。

うるさすぎたり、下に糞を落としたりされたら困るなぁ
と思っていたのですが、
全然問題なく、
日々楽しませてもらっているので
このまま放置することにしました。
さて何が起こるか。

というわけで、鳥に詳しい方、もし知っていたら
何ていう鳥なのかぜひ教えてください。
会社同期のS嬢、お母さんが野鳥愛好家だったっけ?
期待しています☆